東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9871号 判決 1962年10月29日
判 決
原告
鶴岡達男
原告
鶴岡永子
右両名訴訟代理人弁護士
笈川義雄
被告
有限会社井上光機製作所
右代表者代表取締役
井上陽一
被告
井上和子
右両名訴訟代理人弁護士
仁科三郎
被告
水野運輸株式会社
右代表者代表取締役
水野半五郎
被告
山下光夫
右両名訴訟代理人弁護士
田口二郎
右当事者間の昭和三五年(ワ)第九八七一号損害賠償請求訴訟事件について、つぎのとおり判決する。
主文
1 被告らは、各自、原告達男及び同永子に対し各金六八二、二三五円およびこれに対する昭和三五年一二月一三日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを三分しその二を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの平等負担とする。
4 この判決は、第一項にかぎり、仮りに執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、「1、被告らは、各自、各原告に対し金二〇〇万円及びそれぞれこれに対する昭和三五年一二月一三日以降支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は、被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、訴外鶴岡祐子は、昭和三四年一二月二日午後一時四〇分ごろ板橋区大山金井町四四番地先根岸たばこ店軒下において、被告井上和子の運転する普通自動車の後部バンバー部分に衝突され、よつて頸椎切断及び胸腔内臓器損傷のため即死した(以下これを本件事故という。)
二、本件事故は、被告和子と同山下光夫との共同の過失によつて生じたものである。
1 本件事故の現場は、人家や生垣等によつて互に左右の見通しがさえぎられた幅員約七米の道路の交叉点であつて、左右の道路から進行してくる車馬等は交叉点に極く接近しなければ発見できない状況にあるのであるから、このような場合自動車の運転者たるものは、この交叉点を通過しようとする際は予め減速又は一時停車等の措置を講じて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり、しかも、被告和子が進行してきた南北に通ずる道路上には、交叉点の手前(北側)に「学校あり」の警戒標識が設置されているうえ、同被告はこの現場付近に居住し、交叉点の角に小学校があつて特に事故発生の時刻ごろは小学生の下校で交通の激しいことを熟知しながら、前記の注意を怠り、交叉点前で減速又は一時停車の措置をとらず、漫然と時速三〇粁を超える速度でこの交叉点に進入した過失により、
2 被告光夫は、普通貨物自動車を運転して東方から西方に向けてこの交叉点にさしかかつたが、その進行路上の交叉点前に「一時停止」と記載した標識があり、交叉点における左右の見通しは前記のように極めて不良なのであるから、かような場合自動車の運転者としては、交叉点に進入する前必ず一時停車して左右の安全を確認したうえ進行し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、同被告はこの注意を怠り単に減速しただけで交叉点に進入した過失により、
3 前記交叉点内において、被告和子運転の自動車の左側面の中央部付近と被告光夫運転の自動車の前部とが衝突し、その結果、被告和子運転の自動車の後部が交叉点角の根岸たばこ店前に立つていた訴外祐子に激突して、同訴外人を死亡させたものである。
三、被告らは各自、原告らが蒙つた後記の損害を賠償すべき義務がある。
1 被告和子並びに同光夫は、前記のように共同の不法行為者であるから、民法の規定に従い損害賠償の義務がある。
2 被告有限会社井上光機製作所は、被告和子運転の加害車を所有し、これを同被告に運転させて、自己のため進行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条の規定によつて原告らに対し損害賠償の義務がある。
3 被告水野運輸株式会社は、被告光夫運転の自動車を所有し、これを同被告に運転させて、自己のため運転の用に供していたものであるから前同法条に従て原告らに対し損害賠償の義務がある。
四、原告達男は訴外祐子の父、原告永子は同訴外人の母であるが、原告らは、両訴外人の死亡により計り知れない精神的苦痛を蒙つた。これに対する慰藉料は、次の事情を考慮して各原告について金二〇〇万円が相当である。
1 本件事故は、故意に近い重大な過失に基づくものである反面、訴外祐子は偶然人家の軒下に立つていたに過ぎない。
2 同訴外人の死亡時の状況は極めて無惨であつた。
3 被告和子及び同有限会社は全然悔悟の色がなく、かえつて交通事故共済協議会の者を原告方に差し向けて、賠償金など支払う義務はないと脅迫的な態度を示した。
4 被告有限会社は増改築をしている程盛業で、賠償義務の負担能力は十分にある。
5 訴外祐子は、死亡当時満五才で親の手のかかる時期もようやく過ぎ、いわゆる可愛いざかりでしかも原告らの間には当時他の子供がなかつた。
6 新施行の道路交通法の精神にみられる自動車運転者の責任加重の傾向。
五、そこで原告らは、被告らに対し、各自慰藉料金二〇〇万円と、それぞれこれに対する弁済期を経過した後である昭和三五年一二月一三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ、と陳述し、被告らの抗弁に対し、原告らが、被告ら主張のとおり保険金を受領したことは認めるが、被告有限会社並びに被告株式会社の各抗弁事実はいずれもこれを否認する、と述べ立証(省略)
被告ら各訴訟代理人は、それぞれ「1原告らの請求を棄却する。2訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求めつぎのとおり陳述した。
一、被告ら各訴訟代理人
原告らの請求原因第一項記載の事実を認める。
二、1、被告和子訴訟代理人
被告和子には、本件事故について過失なく、本件事故は被告光夫の過失に基づくものである。同被告は、事故現場の交叉点にさしかかつたとき、徐行し左右を注視しながら進行したのであるが、被告光夫が、狭い道路を進行してきてより広い道路と交叉する際の一時停車をすべき義務を怠り、かつ、道路の左側を通行すべき義務に違反して右側を進行した過失により被告和子運転の自動車の左側面に衝突した結果、本件事故を惹起したのである。
2 被告光夫訴訟代理人
被告光夫には、本件事故について過失なく、本件事故は被告和子の過失に起因する。事故現場の交叉点は、被告光夫の進行方向右側に生垣があり、左側に小学校校舎があつて交叉点の手前で一時停車しても全然左右の道路の見通しがきかないから、少なくとも交叉点内に一、五米ないし二米位進入しなければ左右の安全は確認できない。かような場合の一時停車義務は、従来のままの速度で交叉点に進入せず、いつでも停車できる状況で左右の安全を確認できる地点まで徐々に進入させるためにあるものである。被告光夫は、交叉点の手前までは時速約二〇粁の速度で進行してきたが交叉点に近づくに従つて減速し、交叉点の直前ではほとんど停止に近く、いつでも急停車できる状況で交叉点に進入し、被告和子運転の自動車が近づいてくるのを認め直ちに停車した。ところが、被告和子は、自車の進行道路の左右に生垣があつて交叉点における左右の見通しが一層悪いのであるから、徐行して交叉点に進入すべきであるのにその義務を怠り、漫然と進行し、被告光夫運転の自動車を発見しても急停車の措置もとらず、すでに急停車した被告光夫運転の自動車の前部に自車の左側面を衝突させたうえ更に進行方向右斜前方に暴走したため、その角に立つていた訴外祐子に激突して本件事故を惹起したものである。
三、1 被告和子同光夫各訴訟代理人
被告和子並びに同光夫は前記のように本件事故について何らの過失もないから原告らに対し損害賠償の義務はない
2 被告有限会社訴訟代理人
請求原因三の2記載の事実中、被告有限会社が、被告和子運転の自動車を自己のため進行の用に供していたことは認めるが、原告らに対し損害賠償の義務があるとの点は争う。
3 被告株式会社訴訟代理人
請求原因三の3記載の事実中、被告株式会社が、被告光夫運転の自動車を自己のため運行の用に供していたことは認めるが、原告らに対し損害賠償の義務があるとの点は争う。
四、1 被告ら各訴訟代理人
原告達男が訴外祐子の父であり、原告永子が同訴外人の母であることは認めるが、原告ら主張の損害については知らない。
五、抗弁
1 被告有限会社訴訟代理人
(一) 被告有限会社にしても、運転者たる被告和子にしても自動車の進行に関し注意を怠つていない。すなわち、被告有限会社は、被告和子運転の自動車の運行に関し注意を怠らなかつたし、本件事故の際被告和子が運転上の注意を怠らなかつたことは、同被告の主張として前述したとおりであるからここに、これを援用する。
(二) 本件事故が第三者である被告光夫の過失に基づくものであることは、被告和子の主張として前述したとおりであるからここにこれを援用する。
(三) 被告和子運転の自動車に構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。
2 被告株式会社訴訟代理人
(一) 被告株式会社は、自己及び運転者において自動車の運行に関し注意を怠らなかつた。すなわち、被告株式会社は、被告光夫を自動車の運転手として採用するに当たり、相当の見習期間をおき、従来無事故であつた事実と運転について沈着冷静で技術優秀であることを確認してから就業させており、常に、安全運転について注意を与え十分な休養をとらせ、当日も過労に陥ることがないよう助手を同乗させていた。
被告光夫も、被告株式会社の注意に従い常に慎重な運転を行い、本件事故の際も運転上の注意を怠らなかつたことは同被告の主張として前述したとおりであるから、ここにこれを援用する。
(二) 本件事故が第三者である被告和子の過失に起因することは、被告光夫の主張として前述したとおりであるからここにこれを援用する。
(三) 被告光夫運転の自動車には、構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。すなわち、被告株式会社では、当日も車両の構造及び機能について十分な点検も加えたうえ欠陥又は障害はなかつた。
3 被告ら各訴訟代理人
仮りに、被告らに損害賠償の義務があるとしても、原告らは本件事故について、自動車損害賠償保障法第一六条の規定により昭和三五年六月八日ごろ保険会社から金一七五、五三〇円を交付されているから、この限度で原告らの各賠償請求権は消滅している。と陳述し、立証(省略)
理由
一、原告ら主張の諸求原因一記載の事実(本件事故の発生)は本件当事者間に争いがない。
二、そこで、被告和子並びに同光夫の過失の有無について判断する。
1 (証拠―省略)を総合すると、本件事故現場は、南北に通ずる幅員約六・三五米の道路と、東西に通ずる同約六米の道路とが直角に交叉し、この交叉点に北方から入る場合にはその両側すなわち東側と西側の角に道路に接して生垣があり、また東方から入る場合にはその北側の角に生垣が、南側の角には板橋区立第七小学校々舎が道路に接しているため、互に自己の進行路上からこれに交叉する道路を見通すことは極めて困難である(この交叉点が、互に左右の見通しが極めて困難であることは、原告らと被告和子並びに同光夫との間で争いがない)こと、この交叉点に東方から入る箇所に東京都公安委員会が設置した「一時停止」と記載した標識が、また、北方からこの交叉点に向う道路にはその手前約三〇米の箇所に「学校あり」の標識がそれぞれ掲示されていること、被告光夫は、本件事故の際普通貨物自動車(五三年トヨタ号、千一あ一七一〇号)に小麦粉約四〇袋(一袋の重量は二二瓩)を積載して時速約二〇瓩の速度で東方から進行したが、この交叉点に設置されている一時停止の標識を看過し、単に速度を幾分減じたままで交叉点内に進入したところ、折から、被告和子が小型乗用自動車(五九年式ダットサン、五や九五四三号)を運転して南北に通ずる道路を、北方から時速三〇粁を超える速度で交叉点に進入してくるのを認め、急停車の措置をとつたが間に合わず、同交叉点のほぼ中央付近において被告光夫運転の自動車の前部バンバー右(進行方向に向つて。以下同じ)端付近と、被告和子運転の自動車の左側中央部付近とが衝突し、前車は、長さ約二・二米でその先端約一米は左斜にずれた四条のスリップ痕を残して停車し、後車は、交叉点の南西の角に位置する訴外根岸たばこ店前の電柱の基部に達する彎曲をしかつ左斜めにずれた長さ約四・九米の一条のスリップ痕を残し、同電柱から十数米南に進行して停車したこと、そして同車は、左側ドアーの他後部バンバー右端が内側に歪曲し、右後部のライト二個が破損し、同ライトの内側と前記電柱とにそれぞれ血痕が少量づつ付着していたこと及び、訴外祐子は電柱基部の南側に頭部をほぼ西にして倒れていたことが認められる。この認定に反する被告和子並びに同光夫各本人の供述部分は採用することができないし、甲第三号証及び乙第一号証の二中には、被告和子運転の自動車の停車位置について上記認定と異る記載部分があるが、同部分は上記乙第三号証の二、同第二号証の二及び成立に争いのない丙第二号証の各記載及び被告光夫本人の供述に照して採用することができない。また、他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。そして、上記の各事実と、成立に争いのない甲第三号証及び同乙第一号証の二、三とを併せて考えると、被告和子は、同被告が運転した自動車のスリップ痕の位置、形状及び長さ、車体の破損箇所とその程度、血痕付着箇所及び停車位置等から、少しも徐行しないでこの交叉点に進入し、しかも被告光夫運転の自動車を発見してからも急停車の措置をとつていないことが推認できるし、他方、被告光夫は、同被告が運転した自動車のスリップ痕の位置形状及び長さ、被告和子運転の自動車の右斜前方に突き飛ばされている状況等から、同車の左側面に或る程度の打撃を加えるに足りる速度で交叉点に進入したものであることが推認できる。してみると、被告和子において、交叉点前で徐行し、左右を注視しながら進行し、被告光夫において、ほとんど停止に近い状態で交叉点に進入し、被告和子運転の自動車を認めて急停車した後これに同和子運転の自動車が衝突したものである旨の各主張は、いずれもこれを認めることはできないし、この主張にそれぞれ符合する同被告ら各本人の供述部分及び丙第二号証中の記載部分はいずれも採用することができない。その他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
2 およそ、前記認定のような状況にある本件事故現場の交叉点を、北方から南方に向けて通過しようとする場合自動車運転者たる者は、交叉点前で速度を落して徐行し、いつでも急停車ができる状態で東西に走る道路上を注意し、その安全を確認したうえ交叉点に進入し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり、この義務は、東西に走る道路の幅員が、自己の進行道路より僅かに狭く、かつ、東西に走る道路のみが一時停止の場所として公安委員会から指定されてその標識が設置されていることによつて免れうるものではない。また、この交叉点を東方から西方に向けて通過しようとする場合自動車運転者たる者は、必ず一時停車をしたうえ南北に走る道路の安全を確認して進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるところ、被告和子並びに同光夫は、いずれもこの義務を怠り、前記のように被告和子は北方から少しも徐行せず時速三〇粁を超える速度で、被告光夫は、東方から一時停止をせず単に徐行したままで、それぞれ交叉点に進入した双方の過失により両車が交叉点上で衝突し、本件事故を惹起したものである。被告光夫は、この交叉点においてはその手前で停車しても、南北に走る道路上が見通せないから、少くとも交叉点内に一・五米ないし二米進入しないと左右の安全を確認することができない。かような場合の一時停止義務は、従前の速度で交叉点に進入せず、いつでも停車できる状態で左右の安全を確認できる地点まで徐々に進入させるためにあるものである旨主張する。今仮りにこの主張を是認するとしても、本件において被告光夫は、南北に走る道路の安全を確認できる地点において一時停止したとは認められず、かつ、その地点に至るまでいつでも停車できる状態で進行したとも認められないことは、被告和子運転の自動車を発見した後、すなわち左右の見通しができる地点まで進行した後、初めて急停車の措置をとつたものであることや、その結果なお約二米余のスリップ痕を残して停車していること、及び停車する寸前被告和子運転の自動車を左斜前方(被告和子からみれば右斜前方)に突き飛ばしている等の前記認定の各事実に照して明らかである。
これを要するに、本件事故は被告和子並びに同光夫両名の共同の過失によつて発生したものというべきである。
三、1 被告和子並びに同光夫は、上記共同の過失により、訴外祐子の生命を不法に侵害したものであるから、これによつて原告らに生じた損害を連帯して賠償すべき責任がある。
2 被告有限会社が被告和子運転の自動車を、また被告株式会社が被告光夫運転の自動車をいずれも自己のため運行の用に供していたことは、原告らと被告有限会社並びに同株式会社との間で争いがない。そして、同被告らは、自動車損害賠償保障法第三条に規定されている各免責事由をそれぞれ主張するけれども、被告和子並びに同光夫各運転者にいずれも過失があつたことはすでに認定したとおりであるから、被告有限会社並びに同株式会社とも、その各運転者が自動車の運行に関して注意を怠つていないとはいいえないわけであり、同被告らの各免責事由の抗弁は、その余の点についての判断を加えるまでもなく理由があるとはいえない。
してみると、被告有限会社並びに同株式会社は、それぞれ自己のため自動車を運行の用に供したことによつて、訴外祐子の生命を害したことに帰するから、これによつて原告らが蒙つた損害を賠償すべき義務がある、といわなければならない。
四、そこで、進んで原告らの損害の有無及びその額について判断する。
1 原告達男は、訴外祐子の父、原告永子は、同訴外人の母であることは本件各当事者間に争いがなく、子である祐子の死亡によつてその父母である原告らが精神的苦痛を蒙つたことは経験則上当然の事理である。
2 (証拠―省略)を総合すると、原告達男は、昭和二五年足立高等学校を、原告永子は同年戸板高等学校をそれぞれ卒業し、昭和二八年結婚し、同二九年七月一五日訴外祐子が原告らの長女として出生したこと、原告永子は、同訴外人を出産してから肺結核に羅患し約二年間入院生活を送つたため、その後子供を生むことは医師に禁じられ、本件事故まで祐子は原告らの一人娘としていつくしまれてきたこと、原告達男は、本件事故当時テレビ製造会社を経営し、月収約四五、〇〇〇円をえて、本件事故現場の近くの借家で親子三人の生活を送つていたが、昭和三六年ごろ国土開発相互会社に入社し、現在税込約三三、五〇〇円の月収をえて同会社の社宅に居住していること、この間昭和三六年三月に、原告らの間に男児が出生し、現在母子共健康であること、訴外祐子は、原告永子の入院中は同原告や原告達男の実家等に預けられていたが、生来健康で病気らしい病気にもかからなかつたこと、本件事故の際の訴外祐子の死体は無惨そのもので、その後の原告らの悲歎は、正に狂気に陥らんばかりであつたこと、しかるに、被告有限会社と同株式会社との間で、原告らに対する慰藉の方法について意見が一致せず、遂に和解の実を挙げえなかつたこと、かえつて、被告有限会社の依頼により原告らに対し強硬に示談を迫つた者があつた等のことから、同被告並びに被告和子に対する原告らの怒りが増大したこと、被告有限会社は、資本金三〇万円で、工員数名を使用し、輸出双眼鏡の組立業を営んでいるものであり、被告和子は、同有限会社代表者井上陽一の娘で同会社の仕事に従事していること、被告株式会社は、車輛十八、九輛を有し、運転手二十二、三名を使用して、小麦粉の運送業を営んでおり、被告光夫は、同株式会社の自動車運転手として月収二一、五〇〇円をえ、妻と子供一人の家族と同会社々宅に居住していることが認められる。この認定に反する証拠はない。
親が、何物にもかえ難いわが子の生命を不慮の交通事故で奪われた本件では、原告らの蒙つた精神的苦痛を慰藉するためには、原告らが主張するようにその各々に対して金二〇〇万円をもつて相当であるとしても、あながち不当に高額であるということはできないかもしれない。しかしながら、原告らの間には、前記認定のように本件事故の後男児が出生したし、原告永子の案じられた健康も次第に回復した。これは、訴外祐子の悲惨な死を契機として、原告らが悲歎の中でこれを超克しようとした異常な努力の結実であることはいうまでもないが、この新事態の発生が原告らの心の痛手を大いに緩和し、すこやかな幼児の笑顔に、或いは安らかなその寝顔に、前記の心の痛みを忘れうる機会が多くなつたであろうことは推認に難くない。その他前に認定した諸事情及び本件に現われた一切の事情を考慮し、同告らが訴外祐子の死亡によつて、現在及び将来感受すべき精神的苦痛に対する慰藉料の額は、各原告についてそれぞれ金七十五万円をもつて相当であると認める。
3 ところで、原告らは、本件事故について被告有限会社及び被告株式会社の加入にかかる自動車損害賠償保険にもとづいて昭和三六年六月八日ころ自動車損害賠償保障法第一六条の規定による保険金として、合計金一七五、五三〇円を受領したことは当事者間に争いがないが、原告達男本人の供述によると、原告らは同訴外人の葬儀費用としてそのころ約四万円を支出し、少くとも同額の損害を蒙つていることが認められるところ、本件のような場合には右保険金は、反証のない限りまず葬儀費用にあてる趣旨をもつて原告らに交付されたものと認めるを相当とし、格別これに反する証拠はない。
五、そうしてみると、原告らのうけるべき残慰藉料は、それぞれ前記保険金から葬儀費用四万円をまず控除し、ついで保険金の残の二分の一である金六七、七六五円づつを、前記認定の七五万円から夫々控除した金六八二、二三五円づつとなるから、被告らは、各自、原告両名に対し右慰藉料残額とこれに対する弁済期間を経過した後である昭和三五年一二月一三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、原告らの請求はこの範囲で理由があるから正当として認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条、本文第九三条第一項の規定を、仮執行宣言については同法第一九六条の規定を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部
裁判長裁判官 小 川 善 吉
裁判官 高 瀬 秀 雄
裁判官 羽 石 大